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タイタニック

実話もの

タイタニック (1997年の映画) - Wikipedia

1997年アメリカ

89点。

ちょっと終盤の展開がだらだらと長すぎた。それと婆がダイヤを海に捨てるのは、もったいない(ばかやろー!ジャックのような貧しい画学生にで寄付しろ!と町山が言ってた気がする)。

 でも大作映画らしく見ごたえがあり面白かった。

この監督は強い女の映画ばかり作っているようだけど、これもそうだった。ドエムなのだろうか。ジャックが報われなさ過ぎて哀れに思えた。

 

■日本人唯一の乗客=ファミリーヒストリー 「細野晴臣タイタニックの宿命 音楽家の原点~」 父方の祖父は、日本人唯一のタイタニック号の乗客 2015年06月12日 

// Муви / Разное / 12220027061

 

■町山解説検索してたら面白い記事(ほんの少しだけタイタニックに触れている)があった。

 映画評論家の・町山智浩が語る、米映画界における表現と規制 | Rolling Stone(ローリングストーン) 日本版

映画評論家の・町山智浩が語る、米映画界における表現と規制

ローリングストーン日本版 2016年6月号 小特集 表現を規制するのは誰か(映画編) 町山智浩[映画評論家]

ローリングストーン日本版 2016年6月号小特集 
表現を規制するのは誰か(映画編)
町山智浩[映画評論家]

時代とともに移り変わる表現への規制。
映画大国アメリカでは、どのような変化があるのだろうか。
現在、バークレーに在住する映画評論家・町山智浩に、具体例を挙げながら解説してもらった。

―WHOの喫煙シーンをレイティングの対象にするべきだという勧告について、アメリカ映画界の反応を教えてください。

ハ リウッドは何の反応もしていないですね。アメリカの職場やレストランは完全に禁煙で、喫煙する場所自体がないので、日常描写の中に喫煙シーンがないんで す。だから今回の勧告はアメリカ映画には影響がないと思います。マリファナを吸っている人も多いですし、もっとすごい薬物があるのにどうして煙草が問題に なるんだ? というわけです。

―確かに。今回、規制の枠組みとして挙がったレイティングについては、アメリカではどんな認知をされているんですか?

レ イティングに関しては非常に恣意性が高くて、具体的な規定が存在しないため、よく論争になっています。クエンティン・タランティーノは"タランティーノ作 品は規制が厳しいのに、スピルバーグ作品は頭がもげようが内臓が出ようが、規制がかかりにくい"と言っていますね。確かに、例えば『タイタニック』は船が 沈み、何百人も亡くなる残虐性が高い映画なのに、PGー13(13歳未満の鑑賞には、保護者の強い同意が必要)でした。本来ならあれだけ人が死ぬ直接描写 があるのだからR(17歳未満の観賞は保護者の同伴が必要)指定だと思うんですが、ビッグバジェットの作品はレイティングが甘いんですね。規定がはっきり していないから、大会社に対しては甘く、インディペンデント系にはキツイという状況があります。そもそもインディペンデント系の会社はMPAA(アメリカ のレイティング審査を行う自主機関)にはあまり出資していませんし。
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―アメリカにおけるレイティングは金しだいだと?

そういう批判も多いです。また、そもそもレイティン グ自体があまり意味のないものになっています。製作費が150億円以上の映画を作った場合、中国市場で当たらないと絶対にペイしないので、中国の厳しいレ イティングを潜り抜けないといけない。その際はアメリカのレイティングは無意味ですから。

表現の自由というよりも、完全にビジネス、マーケットベースでの規制問題ですね。

今 後は中国と、この先大きくなるであろうインドマーケットが表現の規制に関して影響力を持つでしょう。ハリウッドでは現在コメディ映画はほとんど作られなく なっているんです。コメディは文化ごとに笑いのツボが違うので、中国ではビジネスにならないからです。バイオレンスや過激な性的描写が減ってきているの も、マーケットによるものです。実際、『ワールド・ウォーZ』(2013年)はプロデューサーも務めていたブラッド・ピットが、クライマックスを全て変え て、バイオレンスをゼロにしてかなりの利益をあげました。

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―マーケット原理とは別のところでの規制はありますか? 例えば、ISISの問題や、民族や宗教を巡っての規制など。


それはまだわからないですね。今、問題になっているのは、興業が地方毎に全然違うことで起きている上映問題です。例えばモルモン系が強いユタ州だと『ブロークバック・マウンテン』(2005年)のようなゲイの映画はほとんど公開されなかった。


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―全米で公開できない映画もあるわけですよね?

た くさんあります。ディズニー映画の『南部の 唄』(1946年)は、現在、観ることができません。アメリカ南部が舞台の、白人の男の子と黒人のおじさんの友情物語なんですが、奴隷として黒人を酷使し ていた事実を隠蔽する内容で "歴史の隠蔽だ" と批判されたんです。一度VHSで発売されて以来、ディズニー側の判断で公開もリリースもされていません。

―制作側の自主的な規制ではなく、法的に公開できないという作品もありますか?

ロ リコンものは、かつて普通に上映していましたが、現在は幼児ポルノに当たるので基本的にダメですね。例えば『思春の森』。出演しているエヴァ・イオネスコ の母親が写真家で、娘のヌードの写真集を出していたんです。それが後に幼児虐待で訴えられ、裁判で幼児ポルノに認定されました。そのため、現在映画も国際 的に観られないはずです。

―政治的な理由で上映できなかった作品もありますか?

オリバー・ストーンキューバカストロにインタヴューをした『コマンダンテ』(2003年)は上映されていません。理由はアメリカがキューバに対して行っていた、経済制裁法に抵触するからです。

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―なるほど。では、社会の空気やタブー故に上映できない作品は?

ビ ング・クロスビー主演の『Dixie』がそうですね。ディクシーとは南部連合の国歌で、この歌を南北戦争前にミュージカルにした実在の人物の伝記映画で す。この映画にはアメリカではタブーになっている、ミンストレル・ショー(白人が顔を黒く塗り、黒人の真似をしたショー)の描写があるんです。白人が黒人 の真似をして馬鹿にする描写は絶対に許されないということで、上映できないし、DVDにもなっていません。黒人の地位が時代によって変わったため、黒人を 蔑視した映画は映画会社のリスクが大きすぎて上映できないということです。ユダヤ人を扱った映画も、似たような傾向にあります。ジェリー・ルイスというコ メディアンが監督・主演・製作・脚本を行った『ピエロが泣いた日』(1972年)も、今は観ることができない映画の一つです。内容は"ゾンダーコマンド" と言われているアウシュビッツの虐殺に加担させられたユダヤ人たちの話です。ピエロの恰好をしたユダヤ人が、同胞の子供たちを楽しませながらガス室に連れ ていく。あまりにも内容的に酷いということで、完成はしたものの、制作側の判断で永遠にお蔵入りしています。
 
―最近、アメリカで規制やレイティングで揉めた例はないんですか?

ジョン・ウォーターズ監督の『ア・ ダーティ・シェイム』(2004年)は特に過激な描写がないにもかかわらず成人指定されて話題に上がりました。変態たちが革命を起こすという話なんです が、出てくる人たちが本当に変態で。例えば "自動車の汚いタイヤをなめるのが好きな人" とか "食べ物の生ゴミに興奮する人" とか、完全な変質者。でも、いわゆる性的描写は出てこない。ジョン・ウォーターズは"これは普通の性的な欲望以外はあってはいけないという非常に思想的な 統制だ" と怒っていました。それでも、10年以上前の話ですからね。

―つまり、最近のアメリカ映画界では表現の自由は担保されていると?

ブロックバスター(アメリカの大手レンタルDVDチェーン)やシネコンを意識しなければ、幼児ポルノ以外は何でもOKなんです。要は、ネット配信が巨大になり、そこには特に規制がないので。

―では、日本の映画界は海外から見てどうですか?

日本は、70年代は世界一残虐な映画を作っていた国であり、現在は世界一下品で下劣で最低なAVを作っているすごい国だと思われていますよ。かなり強烈な映像表現に達してしまった国だと思いますね。

―なるほど(笑)。

先 日タランティーノに会った時、 "僕の暴力描写が現実社会に影響を与えると言われるが、ふざけるな! と言いたい。日本の70年代の映画ほど残酷な映画は世界中探してもないのに、当時、 日本の暴力事件はそれほど多くなかった" と言っていました。それから『ジャッカス』という下品でグチャグチャな映画(元はテレビ番組)を作ったジョニー・ノックスヴィル監督に"すごいですね" と言ったら、"日本のAVには敵わないよ"と言われたし(笑)。

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―日本映画はかつて自由だったし、AVでは今も自由な表現ができている(笑)。日本映画も、またどんどんチャレンジしていくべきじゃないかと思いますが。

最 後は需要の問題ですよね。ロックにしても、今はセックスもバイオレンスも歌われていないでしょ? それは需要がないということです。小さいライヴハウスで 収まるほどしか喜ぶ人たちがいない。でも、僕は誰も求めていなくても強烈なことをやるべきだと思いますけどね。ただ、昔みたいにザ・スターリンのライヴに 1万人以上の人が集まる時代とは違うんですよね。

―時代は変わったってしまったと。

でも、また変わるでしょうしね。時代は回っていくと思いますよ。