メッセージ

 

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メッセージ : 作品情報 - 映画.com

2016 アメリカ 116分

 

未来の娘とのシーンが多くてそこはすごく退屈に思えた(意味が汲み取れず。最後の方で未来を見ていたと気づいたけど)。それ以外は緊迫感があって良かった。

ウルトラマンの怪獣のようなエイリアンとの変わったコミュニケーションの仕方も面白いと思った。

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後日ムダ話を聴いた。哲学的な話が面白く、テレンス・マリックの「ツリー・オブ・ライフ」との類似性などもなるほどなあ、と思った。

 

 町山智浩 映画「メッセージ message (原題:Arrival) 」 たまむすび - YouTube

 

上記ムダ話より、ルクレーティウスの「物の本質について」【エピクロスデモクリトス=原子という考え方を最初に提唱した人として知られている=の考え方から自分の快楽主義の考え方を作っていった)の思想の解説書】という本に触れながらの話からの抜粋↓

長谷川町蔵君という映画秘宝のライターの人が、この映画で使われている音楽、マックス・リーターの「オンザネイチャーオブザデイライト」についてネットで書いていて、あっと思ったんですけど、「オンザネイチャーオブザシングス」という本から取られたって彼が言ってるんですね。これ「物の本質について」というタイトルで岩波文庫から出てるんですね。あといろんな翻訳も出てるんですね。子供向けの翻訳もあってですね、これはルクレティウスというローマの紀元前一世紀の詩人が書いた本なんですよ。この本がなんでいろんな翻訳で売れているのかというと、まあ非常に詩的にかっこいい本なのと、ものすごく元気が出る本なんですよ。それで昔から売れててですね、非常にやさしい訳とかも出てるんですけど、これが無神論的決定論についての本なんですね。この本はですね古代ギリシャの哲学者のエピクロスという人の思想をまとめてわかりやすく書いた解説書なんですよ。この人の名前はエピキュリアン、快楽主義という言葉で残っているんですね。ですごく酒のんだり女とやったりですね、それを快楽主義といっているのかというと、そうじゃないんですね。快楽主義というのは物理的なものなんですね(笑)。

~~略~~

物はすべて物理的な科学的な理由しかないならば神様なんかないよっていう話なんですよ。
すべて物でしかないんだよ。すべて科学的な理由しかないんだよ。
それをつかさどっている神様なんかいないんだよっていう事ですね。
神様もいないし物質でしかないんだったら死後の世界なんてものもないんだよ。
人間がいろいろ生き方で苦労しているのは、死後の世界を考えるからなんだと、でもそんなものないんだから、だから今生きてる時に楽しまなきゃしょうがないだろうと、それが快楽主義なんです。
だからまあルクレティウスは書いているんですけども、自然というものは全て自由勝手な独立した行動を取っているんだから、神々なんか関係ないんだと、神々という先生みたいなもの、自分たちを見張っているようなものを想像することによって人間は萎縮して生きているけれどもそんなものはないんだと。もっと自由になろうよっていうことを言ってるんです。
死について書いているんです。死はやっぱり怖いんだと人間は。
でもルクレティウスは、死というものはもう避けられないんだといってるんですね。どうせ死ぬんだっていってるんですよ。物の本質というのはまあ死ぬものなんだと。だったらしょうがないんだったら我々にとっては取るに足らないことであり、さけられないんだから、問題じゃないじゃないかっていう風にいっちゃうんですよね(笑)。死んだ後、魂というものは分離して、それが苦しんだりするんだって考え方なんだけども、魂は物理的に証明できてないだろうと。死んでしまうと存在しなくなるんだから、死というものはないんだっていう逆に考えかたで、死を感じることは出きないんだ。死の恐怖というのは、死が近づいたときしか感じれらないけど、死を通過してしまったら死んでるんだから何も考えなくなるんだから怖がる必要ないよって、すごいでしょ(笑)。
すごい楽観的なんですよ。
何の意味もないことなんだと、死んでしまったら何も考えることはないんだから、そんなことを悩んでもしょうがないんだ。それよりは生きてるときに、生を充実させた方がいいんだっていう風にいってるんですね。ヤケクソな感じがするかもしれないですけど、もうちょっと実は大きな考え方があって、まずよく考えると、死というものはないんだというふうにも考えられるんだと。すべて物質だったら。物質というのは全てばらばらに分解してしまって、粉々になってしまうけれど、ゼロにはならない、なにかの違う物質に変わるんだっていう考え方があるんですね。だったら人間というのはばらばらになって腐っていって、それこそ食われてしまっても物質そのものの原子のレベルでは、絶対に分解できないわけだから何かになってるわけですね。素粒子レベルでは分解することはできないんで、素粒子の総量っていうのは全世界同じなんですね。全宇宙の総体としての質量は全て同じなんで、変質はするけれども、素粒子レベルには分解されるけど、それ以上には分解されないから消えないんだって考え方なんです(笑)。この辺がすごくて楽観的なんですよ。
人生長く生きようが短く生きようが、それも関係ないじゃないかっていてるんですね。
こういう風に書いてますね、『たとえ君の好きなだけ多くの世代を生き抜いて全うすることが、よしんばできたとしたって、以前として絶対しぬだろう。長生きしたとしても永遠の死というものが必ずその先にまっているだろう。そして今日たった一日で命が終わった人でも、幾年も幾年も長い歳月を生きた人よりもそれが短いときを過ごしたとは、言えないだろう。宇宙全体は何億年も何千億年もの歴史があるんだから、100年生きた人でも、5歳で死んだ人でも、たいした違いは無いよって言ってるんです。すごいでしょ。そんな事で思い悩むなよっていうんですよ。
で、もう一つは、全ての物質に意味があるっていうのはまあライプニッツもそうですけど、デモクリトスもそうで、全ての物は関連しあっている。全てが宇宙に関係してあって、一つのものも失われても全て変わってしまうんだと。全部噛み合ってるんだと。だったら無駄な人生というのは無いんだと。全ての人に意味がある。道端の石ころにも意味がある。絶対にどっかで何かに関連しているんだと。だったら無駄な人生はないし、短い人生も長い人生も同じだし、っていう考え方なんですね。このルクレティウスの考え方は。だからそこでエピクロスの生きてるときにおもいっきりやりたいことやろうよって話になってくるわけですね。

~~略~~

全ての物質の総量は同じなんだっていう考え方なわけですが、素粒子段階までたどれば絶対に分解できない所まであるんだから、それは消えないんだっていう考えですけども、
幸せの全ての量はかわらないっていう考えが一つあるんですよ。
ナルニア国物語」を書いたC・S・ルイスというキリスト教系の文学者がいるんですね。この人のことを書いた「永久の愛に生きて」という物語がありまして

~~略~~

幸せの総量はかわらないんだから人生の、ものすごく幸せだったらものすごく辛いことがあるんだと、なぜなら誰かを愛したらすごい幸せになるけど、必ず別れがくるんだと。たとえ結婚しても心中しない限りどっちかが必ず先に死にますから、死に別れるんです。そうじゃなくても喧嘩して別れても生き別れですよね。絶対別れはくる。別れはさけられないんだと人を愛したら。だから悲しみは絶対くるんだと。先に死んでも悲しいですよね。愛する人を置いてって。もし誰も愛さなければ、そんな悲しみはこない。
ただ、これは言ってないですけど、「永久の愛に生きて」んなかでは。誰も愛さない寂しさ悲しさは、たぶんものすごく巨大ですよ。その人の人生の寂しさは。ものすごく愛した人には、ものすごい寂しさ悲しさや絶望がやってくるけれども、どっちがいいか。だって誰も愛さなかったら、悲しさと寂しさしかないんですよ。でも誰かを愛したら、すごい辛さもあるけれども、すごい喜びもあるんです。どっちがいいかですよ。

~~略~~

だからルクレティウスは、人間は死を怖がるから、どうしても克服できなくて、すごく苦労するんだけども、まず宇宙全体から考えると死というのは小さいものなんだと。もう一つは死というものは根本的にないんだ、全てに意味があって世界の中で生きてるんだ、世界との関連性の中では、決して消えることはないんだ。

~~略~~

ルクレティウスはこう言ってるんです。死を怖れるな。死は我々にとって意味がない。我々が生きてる限り、死なないんだから、って言ってるんですね(笑)。生きてる限り死なないだろう、死んだときはもう終わってるんだから関係ないよって、これはすごいですよ。っていうのは、ルイーズはずっと自分の人生全てを同時に体験しているわけですね。過去現在未来ない状態で。じゃ死はなんなんだ。この人死がないんですよ。客観的には彼女はいつか死んでるでしょうけど彼女の心の中ではループ状になってるんで死なないんですね。これカート・ボネガットの「スローターハウス5」もそうなんです。もうすでに死が先のほうに来るんです。彼自身の。彼自身は死を人生のすごく前の方で体験してるんだけども、過去現在未来がない状態なんで永遠に死なないんです。死んだ後っていうのはそのループから外れちゃうから出てこないんです。もちろん娘ハンナも彼女の心の中では死にますけど、それは一番最初に出てきました。死が最後じゃないんです。永遠に生きてるんです。
これ質問であったですけど、言葉なんかで物理法則を超えられるのかタイムスリップができるのかって問題があるんですけど、言葉では出きないかもしれませんけど、心の中では人間はいつでもタイムスリップしてますよね。いつでも時間を越えてタイムトラベルして、銀河何万光年先のことと、目の前のことを同時に考えたりしますよね。心の中では物理法則はないですね。で死がないかどうかというのはこれは、肉親を亡くされた方だったら、わかると思うんですけど、うちは両親亡くなったですけども、しょっちゅう夢に出てきます。母親とか父親ね。で、ハッと起きて、もういないんだって思うんですけど、全然いなくなった気がしないんですよ。これはまあ経験してる人だったらわかると思うんですけど。ちゃんと亡くなってお骨も拾ったのに、全然死んでる気がしないです。だから客観的にはその人は死んでるかもしれないけども、夫々の人の心の中では死んでなければ、死んでないですよ。それこそルクレティウスが言ったみたいに、人間は死を近づくぎりぎりまでしか感じることはできなくて死んでしまったらそっから感じられないんだから、結局死というものはない無いんだっていうのと同じですね(笑)。ということをまあいろいろと考えてしまいますね。
ということで本当に面白い映画だと思いますね。「メッセージ」というのは。